今回は緊急事態に作成できる特別方式の遺言書についてお話します。例えば、今まさに死に瀕している方や、船旅中に遭難してしまった方など、緊急事態に直面している方が作成する遺言書です。
このような特殊な場合は、通常の方法で遺言書を作成することが難しいでしょう。とはいえ大切な家族を想うと、遺言書はどうしても作成しておきたいです。
そこで今回は、特殊な場所や状況下でのみ作成することが許される、特別方式の遺言について解説していきます。
- 特別方式の遺言と性質について
- 死亡危急者遺言・船舶遭難者の遺言に必要な「確認の審判」について
- 特殊な状況を脱した場合について
特別方式の遺言とは?
特別方式の遺言とは、特別な状況下でのみ作成が許された遺言書の形態です。次の種類があります。
- 死亡危急者遺言
- 伝染病隔離者の遺言
- 在船者の遺言
- 船舶遭難者の遺言
それぞれについて、詳しく見ていきましょう。
死亡危急者の遺言とは
死亡危急者の遺言とは、遺言者が死亡に瀕している場合の遺言です。遺言として有効となるためには、下記の要件を満たす必要があります。
- 証人3人以上の立ち合い
- 遺言者が遺言内容を口授する
- 証人が口授を筆記し読み聞かせる
- 証人が署名押印する
上記のとおり、死亡危急者遺言は、遺言者自身による筆記、署名・押印が要求されません。これは、遺言者が死に瀕している状態のため、遺言者自身による筆記や署名・押印は困難と考えられているためです。
民法が次の通り規定しています。
(死亡の危急に迫った者の遺言)
第976条 疾病その他の事由によって死亡の危急に迫った者が遺言をしようとするときは、証人三人以上の立会いをもって、その一人に遺言の趣旨を口授して、これをすることができる。この場合においては、その口授を受けた者が、これを筆記して、遺言者及び他の証人に読み聞かせ、又は閲覧させ、各証人がその筆記の正確なことを承認した後、これに署名し、印を押さなければならない。
2 口がきけない者が前項の規定により遺言をする場合には、遺言者は、証人の前で、遺言の趣旨を通訳人の通訳により申述して、同項の口授に代えなければならない。
3 第一項後段の遺言者又は他の証人が耳が聞こえない者である場合には、遺言の趣旨の口授又は申述を受けた者は、同項後段に規定する筆記した内容を通訳人の通訳によりその遺言者又は他の証人に伝えて、同項後段の読み聞かせに代えることができる。
4 前三項の規定によりした遺言は、遺言の日から二十日以内に、証人の一人又は利害関係人から家庭裁判所に請求してその確認を得なければ、その効力を生じない。
5 家庭裁判所は、前項の遺言が遺言者の真意に出たものであるとの心証を得なければ、これを確認することができない。(出典:e-gov-民法)
※上記条文の第4項にある「確認」については、後ほど解説します。
伝染病隔離者の遺言とは
伝染病隔離者の遺言とは、伝染病のために、行政処分により隔離されている者がする遺言です。筆記者は遺言者自身でなくてもかまいません。
また、死に瀕しているわけではないので、本人と筆記者、立会人、証人が署名・押印します。
その他の要件としては、警察官が1人、証人1人以上の立ち合いが必要です。
民法が次の通り規定しています。
(伝染病隔離者の遺言)
第977条 伝染病のため行政処分によって交通を断たれた場所に在る者は、警察官一人及び証人一人以上の立会いをもって遺言書を作ることができる。(出典:e-gov-民法)
在船者の遺言とは
在船者の遺言とは、船舶中にある者の遺言です。筆記者は遺言者自身でなくてもかまいません。
また、死に瀕しているわけではないので、本人と筆記者、立会人、証人が署名・押印します。
その他の要件は、船長または事務員1人と証人2人以上の立ち合いが必要です。
(在船者の遺言)
第978条 船舶中に在る者は、船長又は事務員一人及び証人二人以上の立会いをもって遺言書を作ることができる。(出典:e-gov-民法)
船舶遭難者の遺言とは
船舶遭難者の遺言とは、船舶が遭難し、船中で死亡に瀕した者の遺言です。
遺言として有効となるためには、下記の要件を満たす必要があります。
- 証人2人以上の立ち合い
- 遺言者が遺言内容を口授する
- 証人が口授を筆記し署名押印する
(船舶遭難者の遺言)
第979条 船舶が遭難した場合において、当該船舶中に在って死亡の危急に迫った者は、証人二人以上の立会いをもって口頭で遺言をすることができる。
2 口がきけない者が前項の規定により遺言をする場合には、遺言者は、通訳人の通訳によりこれをしなければならない。
3 前二項の規定に従ってした遺言は、証人が、その趣旨を筆記して、これに署名し、印を押し、かつ、証人の一人又は利害関係人から遅滞なく家庭裁判所に請求してその確認を得なければ、その効力を生じない。
4 第九百七十六条第五項の規定は、前項の場合について準用する。(出典:e-gov-民法)
上記のとおり、これも遺言者自身による筆記、署名・押印が要求されません。これも遺言者が死に瀕している状態のため、筆記、署名・押印を遺言者自身で行うことが困難だと考えられているためですね。
また、証人による筆記内容の読み聞かせも要件ではありません。船舶遭難中ということは、証人も同様に死に瀕している可能性があるので、読み聞かせは困難だと考えられているのでしょう。
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確認の審判とは?
とても大切なことをお話します。
「死亡危急者遺言」と「船舶遭難者の遺言」については、家庭裁判所に対して「確認の審判」を申立てなければなりません。
申立てをしない場合、遺言の効力は発生しません。つまり無効です。
確認の審判とは、遺言書が本当に本人の真意に基づくものであるかを、家庭裁判所によって確認するという審判です。
既にご説明したとおり、死亡危急者遺言や船舶遭難者の遺言は、遺言者自身による署名、押印が必要ではありません。
また、一般的な遺言と比較して、例外的に簡易な方式で作成することを許されています。しかし反面、公証人などの公に信用できる者の関与はありません。
そのため、利害関係を有する者によって遺言者の真意が曲げられたり、真意に基づかない遺言が作成されるおそれも否定できません。
このために、家庭裁判所での確認という手続きを踏む必要があるのですね。
ちなみに、伝染病隔離者の遺言と在船者の遺言については、確認の審判は必要ありません。
確認の審判の手続き
死亡危急者遺言は遺言の日から20日以内に家庭裁判所の確認を受けなければなりません。
船舶遭難者の遺言は、20日以内という制限はありませんが、確認できるようになってから遅滞なく家庭裁判所の確認を受けなければならないとされています。
確認の申立てができるのは、証人の1人又は利害関係人です。利害関係人とは、推定相続人、受遺者、遺言執行者などです。
- 推定相続人:被相続人が亡くなった場合に、相続人となる予定の人
- 受遺者:遺言によって遺贈を受ける人
- 遺言執行者:遺言の内容を実現させる人
申立て先の裁判所は、遺言者の死亡後は相続開始地を管轄する家庭裁判所、遺言者の生存中は遺言者の住所地を管轄する家庭裁判所になります。
確認の審判の方法
遺言者が死亡している場合は、立会人、医師、親族等の関係者から話を聴くことで、遺言者の遺言作成時の病状や精神状態をはじめ、遺言作成当時の一切の事情を調査します。
遺言者が生存している場合は、家庭裁判所の調査官による遺言者の面接が実施されることが多いようです。
特殊な状況を脱した場合は?
特別方式の遺言を作成したものの、その特殊な状況を脱し、通常の生活に戻るということもあるでしょう。
その場合、遺言者が普通方式の遺言を作成できるようになってから6ヵ月生存するときは、特別方式の遺言は効力を失います。
(特別の方式による遺言の効力)
第983条 第九百七十六条から前条までの規定によりした遺言は、遺言者が普通の方式によって遺言をすることができるようになった時から六箇月間生存するときは、その効力を生じない。(出典:e-gov-民法)
つまり、普通方式の遺言ができるようになったのであれば、普通方式で行ってくださいね、ということです。
ちなみに、普通方式の遺言とは、自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言のことですね。
まとめ
死亡に瀕しているなど、特別な状況下でのみ作成が可能な遺言書の形態についてご説明してきました。人生何があるかわかりませんから、このような状況下でも作成できる遺言書がある、ということを知っておいていただきたいです。